天王古墳 反正天皇陵の陪塚ろ号
鈴山古墳の北にある陪塚でこちらは3方向に住宅があって西側の道からしか見られない。と言うかよく潰されずに残っていたよねって感じ。古墳だと言われなければただの築山にしか過ぎないから宅地開発した時に潰してしまいそう。-*-*-*-*-*-*-*-*-*-高橋
鈴山古墳の北にある陪塚でこちらは3方向に住宅があって西側の道からしか見られない。と言うかよく潰されずに残っていたよねって感じ。古墳だと言われなければただの築山にしか過ぎないから宅地開発した時に潰してしまいそう。-*-*-*-*-*-*-*-*-*-高橋
反正天皇陵の南東の角から少し東、けやき通りの間の住宅地内にある。古墳の南側に説明文がついている。東西は民家が建っているが、小さな墳丘で道は南と北に付いていて北にも回れる。北から見た鈴山古墳とけやき通りの並木&nb
反正天皇陵は南海高野線堺東駅のそばにあって、周りは完全に市街地になっている。この点で周囲が公園整備されている仁徳天皇陵と趣が異なる。下の写真は方違神社の東側の道でこの角から南に向かって住宅地内に入っていける。東から見た古墳。間に私有地があってあまり
反正天皇陵はすぐ北に方違神社があって東側のけやき通りからも直接は見えない。だからまずは神社を目指して移動する。神社の本殿は鳥居を潜って真正面ではなく少し左方向にずれる。境内の右方向の駐輪場の奥で神社の中から古墳の北になる後円部が見られる。
百舌鳥古墳群の一つ仁徳天皇陵の北側最寄り駅は南海高野線の堺東駅で駅の東側に位置する。松原市からだと長尾街道か堺大和田線を西進するとJR阪和線を越えてこの2つの道路が合流した先で左に方違神社が見える。その神社の南側に隣接している。拝所は幹線道路とは反
古墳の北側は長尾街道に面している。南側の堺大和高田線からは綾南の森として公園整備されていて図書館や老人センター、その他市の施設等があり、道路から古墳は見えない。下は綾南の森の中にある羽曳野市立図書館の入口-*-*-*-*-*-*-*-*-*-高
雄略天皇陵は羽曳野市の北部を東西に走る堺大和高田線と長尾街道に挟まれた場所にある。そのために、羽曳野市の東部を流れる石川の西域に広がる主要古墳からは少し離れている。私のように松原市から長尾街道を使って接近する人間には一番近い古墳なのですが。
羽曳野市は大きい。松原市の東側は藤井寺市と羽曳野市に隣接している部分がある。近鉄南大阪線の路線上では下り電車で河内松原駅を出るとすぐに羽曳野市に入る。次の恵我之荘と高鷲駅は羽曳野市にある。その後、藤井寺、土師ノ里、道明寺と藤井寺市内を走行して、古市
公園には散歩していたり、サッカーをしていたりする人達がいた。石室の再現模型が屋外展示されている。宮内庁管轄の御陵は今もお墓として現存している。その点で、史跡指定の古墳は過去の建造物が歴史的展示物として残っている。その差がストレートに感じられる場所で
この日は松原市の南の端で仕事が終わって、まだ明るかったので以前から一度寄ってみたかった黒姫山古墳へ行こうと思い立つ。丹南からR309を南下、正面に阪和自動車道の高架が見える下黒山の交差点の手前、左側の奥の方に山が見える。東側が丸くて東西