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第26代継体天皇陵の場所から考える事

百舌鳥・古市古墳群に興味があって各天皇陵を見て回るようになった。宮内庁のホームページを見ていると奈良県橿原市から始まって主に奈良の南エリアに御陵が多い。14代仲哀天皇になって大阪府藤井寺市が出てくる。ここから百舌鳥・古市古墳の時代に入って南河内、堺エリアに

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履中天皇陵古墳の北側、大仙公園内のビュースポット

南側にある拝所から上野芝駅方面に進み途中で左折して住宅地内に入る。古墳に沿って進もうと思ってもすぐに袋小路になってしまい、道が付いていない。出来るだけ古墳が見えそうな道を探しながら北に進む。公園に入るちょっと手前で家が切れて間が空き地になっている場

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履中天皇陵古墳の拝所に行きたいが道が無い

昨日の続きです古墳の北西角まで来て民家に突き当たりそのまま南に行けない。幸い、西に1本道をずれた所に地図があった。拝所は泉北1号線に接している。案内に従ってようやく拝所に回り込めた。上の写真は右方向が北で上が西を向いている。南にある

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おりおの橋から堺中央線で履中天皇陵古墳へ

大阪市内から百舌鳥古墳群を目指す時、あびこ大橋か、おりおの橋のどちらかを使う。百舌鳥古墳群の中心となる百舌鳥耳原三陵の内の南陵、履中天皇陵古墳、またの名を上石津ミサンザイ古墳を目指す。本当に古墳って、呼び方が色々あってややこしい。阿倍野筋から大和川でおりお

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応神天皇陵陪塚へ号_藤井寺市藤が丘1丁目

仲哀天皇陵古墳の南側にある拝所から東進する。藤井寺市立南小学校を左に見ながら進む。右折すると外環の野中の交差点、左折すると市役所に行く交差点に出る。この交差点はきれいな4つ辻ではなく、前方の道が左斜めに伸びている。道なりに信号を渡って前方方向に進む

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雄略天皇陵古墳の東道路_陵東遺跡発掘調査

道路の為に横に細長くて全体の面積は広い。2つ合わせて4544万円掛かる。費用だけを考えたら調査費用って意外と高くつく。人や機械をそれだけ動かさないといけないからそれも又、仕方ないかとも思うが。大阪府教育庁文化財保護課調査事業グループって電話番号が堺局番なの

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筒井邸保存樹林の西隣にある御廟表塚古墳

南海高野線の中百舌鳥駅を降りて、線路に沿って北西方向に移動するのではなく、西に移動する道を採る。200mほど進んで、突き当たりを左折、次の角をすぐに右折すると西高野街道に乗る。ただし閑静な住宅街の道であまり観光客が通る雰囲気ではない。筒井邸保存樹林のすぐ西

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定の山古墳から御廟表塚古墳へ、その前に保存樹林

昨日の続きです。百舌鳥古墳群で定の山古墳の西の道をそのまま北上すると、御廟表塚古墳があるはず。なのですが、この北に向かう道が若干東にぶれていて、直接御廟表塚には行けません。約500mほど、南海高野線の方に向かって北上すると、左手に大きな木が家の奥に立ってい

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定の山(じょうのやま)古墳_百舌鳥古墳群

久しぶりに中百舌鳥方面に行く時間が取れた。あまり度々は行けないが、この1年の間で時間が取れたら足を向けている。百舌鳥古墳群の範囲は北が南海高野線の堺東あたりから三国ケ丘、百舌鳥八幡、中百舌鳥、白鷺駅の5駅の南西方向にあたる。三国ケ丘でJR阪和線に乗り換えた

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百舌鳥・古市古墳築造時期を河内王権時代とする。

昨日の続きです。青森県の三内丸山遺跡や佐賀県の吉野ケ里遺跡等、縄文時代から日本各地に人はいた。縄文時代に出来た環濠集落も稲作が伝わって弥生時代になると、稲作のし易い場所に村を作った勢力に押されて消滅したり、もしくは文化を取り入れて住む場所を移動したりして個