街並み

昔の直進する大津道が何故、今の長尾街道のルートになったのか?

長尾街道は古代において大津道と呼ばれていた。この道は元々、大阪府内を西の堺市から松原市、羽曳野市、藤井寺市、柏原市と通り奈良県内に入る一本道だった。ところが、近世になってある時からこの道が藤井寺市内で90度折れ曲がり、現在の藤井寺市役所の南側を迂回するルートに変わ

街並み

允恭天皇陵(市野山古墳)北西の角

今から約50年前、小学校6年生だった私が1度だけこの古墳の北西に来たことがある。当時、東大阪市に住んでいた私は長瀬川沿いに友達と3人で自転車に乗って川の上流、大和川との分岐点を目指す旅に出た。もっとも、結果的に小学生3人だけで、八尾市を突き抜けて柏原市から藤井寺市

街並み

藤井寺市の北東にある国府(こう)遺跡

藤井寺市の北東の端に位置している。東を流れる石川と北を流れる大和川の合流点の近くになる。橋も道もついているけれど、堺大和高田線からも外環状線からも少し外れるので、関係ない人はこの一角には入ってこない。この国府遺跡の西側を旧170号線に沿って南北に古市古墳群

古墳

允恭天皇陵の東 宮の南塚古墳

近鉄南大阪線の土師ノ里駅から東へ允恭天皇陵を左に見ながら歩く。古墳が終わった所で左折して北に進むと国府八幡神社に出会う。神社の南にある細い道を西、允恭天皇陵に向いて入って行くと古墳が見える。下の写真で左方向から入ってきて右方向へ抜けた。民家の間を通

もっと真ん中に集まって‼ と言いたい。三宅東で

松原市三宅東の水田で、コサギの群れが来ていた。10羽以上集まっているのは珍しい。何を食べているのか分からないが、餌になる何かが、沢山発生しているのだろう。ただ、写真を撮ろうと思ってもちょっと、離れすぎ。思わず、「もっと真ん中に寄って‼」と言いたくな

允恭天皇陵の南から東方向 ダイサギとコサギの群れ

私の立っている場所から東は民家が建っていてこれ以上は接近できない。こちら側は空濠で水はなさそうだが、餌があるのだろうか、何かを盛んについばんでいた。彼らを見ていると世の中平和なんですよね。写真に関してはワイドにすると土地の凹んでいる部分が真っ黒になってしま

これもアオサギだろうか?允恭天皇陵 古市古墳群にて

遠目にはアオサギが木に止まっているように見えた。でもアップにすると顔立ちが今まで見ていたアオサギと違うように思う。頭部の色の着いている部分が嘴の方まで来ていて顔つきが鋭く見える。普通はもう少し丸っとしていてちょっと、とぼけた感じの印象を受けるけど。

允恭天皇陵の北東部分でアオサギ 古市古墳群

西から坂道を登ってきた長尾街道が允恭天皇陵に突き当たり御陵の南を回る。南から見ると濠に水はなく草木は生えているが空濠になっている。東は住宅があって接近困難だが、北の方向から近付くと一か所北東の角部分で濠に接近できる場所があった。そして驚くべきことに水があっ

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藤井寺駅から允恭天皇陵までもう1本の長尾街道?

地元の人と話をしていると藤井寺市には長尾街道として使われている道が2本ある。西から来て藤井寺市小山1丁目で右折した後、一度堺大和高田線の南側に行くものの途中で左折、藤井寺市役所と図書館の南を通って沢田の交差点の北側から允恭天皇陵に向かうコースを1本目とする。ただし