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栗塚古墳_応神陵の東、テニスコートの南東

この日、東山古墳から御廟丸山、東馬塚、二ツ塚と来て最後に栗塚も寄りたかった。しかし、時間切れタイムアウトで栗塚に寄れなかった。悔しかったので後日栗塚古墳だけ写真を撮りに寄った。今回は場所も分かっているので、時間はかからない。応神陵の南から接近。

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二ツ塚古墳_横からだと応神陵と全く区別できない。

東馬塚古墳(昨日アップした古墳)を探しに行ってそれらしき場所に立つ。説明板を探していて駐車場の奥の人工芝の突き当たりに遠目に1枚あるのが見えた。でも位置的に応神天皇陵古墳の説明板だと思っていた。念のために撮影して、帰ってファイルの整理をしていた時に気付く。

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東馬塚古墳は市営テニスコートのそばにある

昨日の続きです。誉田丸山古墳の前を通過して西名阪自動車道のある交差点まで東進。交差点の信号で右折する。ここの交差点は変則の5つ辻のようになっていて、信号を右折してすぐに高速の側道から右に外れる道が付いている。その道に進入する。ただし、このル

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誉田丸山古墳_横からだと御廟山と区別がつかない

昨日紹介した応神天皇陵古墳(誉田御廟山)の西にある東山古墳。何処を起点にして東山と名付けたのかよく分からないのはさて置き、ここから北へ。ホームセンターコーナン付近から外環を外れて大水川に沿った道に入って行く。応神陵の北西角を右折して御陵の北の道に出る。

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横を通っていても気付かない東山古墳

先月、11月14日にアップした西馬塚古墳。この時は古市駅の方から外環に向かって、移動する時に裏道を探すつもりだった。その時に、羽曳野市役所の南側で偶然見つけた。その後、西があるなら東馬塚もあるだろうと古市古墳群リストを見ていると、予想通りありました。

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古墳・飛鳥時代における人口流入についての疑問

百舌鳥・古市古墳群が世界文化遺産に登録されてから古墳の訪問をしてきた。その中で感じる。日本が一つの国と意識されるのは何時なのか?どうも7世紀後半に律令国家体制が確立した時が一つの区切りらしい。だからそれ以前の人達には当然、『日本』と言う意識があった

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土師ニサンザイ古墳を反時計回りに一周しました

ニサンザイ古墳の濠を作る堤が遊歩道になっています。散歩やジョギングの人も来られています。私も北西の角から南方向に、反時計回りに回ってみました。上の写真は南西の角を曲がって南から墳丘を見た中央部分です。テレビを見ていると前方後円墳の図柄を鍵穴と表現さ

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4回目にしてやっと到着_土師ニサンザイ古墳

ニサンザイ古墳は堺市北区百舌鳥西之町にあります。前方部を西に後円部を東に向けた古墳です。中百舌鳥駅からこちらに来るのに道路が大きく南西方向に向けてカーブしているのですでに私の方向感覚が狂っています。案内板で現在位置を確認すると北西の角に着いたみたいです。

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土師ニサンザイ古墳に行きたいのに着けない

土師ニサンザイ古墳に行きたいと思って動き出したのは何か月前だろうか?昨日アップしたオープン前のラーメン屋さん。あのあびこ筋を南に、あびこ大橋で大和川を渡ると、ときはま線。そのまま南下して北花田、金岡、途中で道が右にカーブしてなかもず。駅で一旦、道が

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接近困難事例_隼人塚古墳(雄略天皇陵陪塚い号)

グーグルの衛星写真を見ると雄略天皇陵古墳の北側に隼人塚古墳がある。しかし、この古墳は現在は周囲が全て民家で囲まれていて地上からはまともに見られない。昔は隼人塚古墳の南側で雄略陵から北に伸びる道があった。今ここを入って行っても民家に突き当たって終わってしまう